日田の風景1

日田の飾り雛

日田の風景2

豆田町

日田の風景3

屋形船

日田の風景4

天領祭り


2010年4月13日アーカイブ

 巨人軍コーチの木村拓也氏の死は多くの人に生まれてきた人間は必ず死なねばならない。しかしその死は順番どおりには訪れないことをいやがうえにも思い知らせてくれる。

亡くなってからいろんな報道内容で彼の生き方を調べていくうちに、彼の素晴らしさに気づかされる。

プロ野球選手としては決して恵まれない体格であった彼は、どうすればプロ野球の中で生き残れるかを必死に考え行動した。

その結果がピッチャー以外のすべてのポジションをこなすことができ、左右両打席でバッティングができるという彼の特技となって、プロ野球生活を全うするができたわけです。

見えないところでの努力、それを見せないことが本当のプロなのであろう。

こんな逸話を聞かされた。昨年9月4日、3人目のキャッチャーが頭部へのデッドボールで負傷、ベンチにいるキャッチャーがいなくなったことに原監督は気付いた。

そして、木村拓也がキャッチャーができることを思いつき、ベンチにいるはずの木村拓也を探したが、彼はベンチにいない。

すでにその時、彼はブルペンでマスクをかぶり、キャッチャーの実戦から遠ざかっているため、変化球を受ける練習をしていたのです。

自分しかマスクをかぶるものがいないと気付いたとき、彼が取った行動は、いち早くブルペンに向かいキャッチャーの練習をしておくことだった。

監督から言われてするのではなく、たとえ結果として原監督がそのような判断を下すかどうかを決める前に、彼自身の判断で行動を起こしている。

それがたとえ徒労に終わろうとも。しかし決して彼の行動は徒労に終わることなく、監督やチームメートに感動を与えた。

しっかりと監督の期待に応え、キャッチャーのポジションをしっかりと守り抜き、チームを勝利に結びつけた。

勝利の瞬間、木村拓也を迎える監督の姿はまさにあふれんばかりの笑顔と感謝の気持ちが映像に映し出された。

木村拓也に関する映像を死後に見れば見るほどに、決して名球会への入会資格2000本安打を打ったわけでもなく、ごく普通の記録なのかもしれない。

しかし、チームに与えた影響、貢献度は抜群であったことがよるわかる。

花形選手が多い中で、組織を大事にするチームプレーが如何に勝利に結びつくのかを示唆している。


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